ここに重い鉄の扉の部屋の絵があります。

重い鉄の扉の部屋の画像

解説

私は今、重い鉄の扉を斜め下から見上げている。

目に入るのは固く閉ざされた扉と、きつく締められたボルト。石造りのアーチまでもが私を押しつぶしそうだ。

そこにあるのは鉄壁の沈黙。

かつては希望の光が見えると思っていた扉は、今、圧倒的な厚みと質量を持って私の前に立ちはだかっている。

鍵を渡されたはずなのに、この錆びついた巨大な鉄の壁は、私の声を通す気配すら見せない。

触れれば冷たく、動かそうとすればその重さに絶望する。

ここは、声を届ける場所ではない。

声が殺され、沈黙だけが蓄積されていく、冷酷なシステムの保管庫だ。


ここから本文です。

casecard2 見えない沈黙のシステム。日本の人権危機に関する全盲の委員の証言

はじめに

この内容は、私が 障害者差別解消法に基づいて作られた「障がい者が暮らしやすい地域づくり委員会」の委員であった2年間に起きたことを、時系列にまとめ、問題点を整理したものです。

これを、2026年3月1日から2日にかけて、国内外のメディア・人権団体、および北海道石狩振興局福祉課、北海道知事 鈴木直道様、合計15か所にメールにて送りました。

添付の資料や紹介文には若干の差異がありますが、カードの内容自体は同じものです。

ただし、日本の行政や報道機関は文字数800字程度のメールフォームでのメッセージの送信しか受け付けていないところがほとんどで、本文を別のサイトで公開し、そのURLを張り付けて「こちらをご覧ください」、という書き方をするしかありませんでした。URLを貼り付けることしかできず、その先の情報を読んでいただける保証もないまま送信した。それは、読んでいただける僅かな可能性を、さらに小さくしなければならない痛みを伴いました。

アクセシビリティが十分ではないサイトも多く、画面が見えずキーボードでしか操作できない私は送信に非常に苦労し、言葉を届ける前にすでに拒絶されている、という感覚に陥りました。

この内容に対するお返事があったのは2か所でした。

(1) 石狩振興局福祉課(担当者不明):3月25日、調査をしたが自分たちに非はないというメールでの返信がありました。
その後、パスワード付きのワードファイルが圧縮されたものが届き、数十分かけて開いてみると、委員継続不可の連絡が書かれてありました。

(2) 北海道新聞の記者から、記事にできるかどうかは分からないがお話を聞きたいという連絡がありました。
私の状況が落ち着いたら。実はこのサイト『レムリアン・レゾナンス』で最低限の情報が公開できたら、詳しいお話をさせていただきたい、と考えています。

以下にこの内容をお送りした組織をご紹介します。

  • -- 外国特派員協会(FCCJ)
  • -- BBC(英国放送協会)
  • -- アルジャジーラ
  • -- ガーディアン
  • -- ニューヨーク・タイムズ
  • -- ヒューマンライツ・ナウ(HRN)
  • -- 国連 障害者権利委員会(CRPD)
  • -- アムネスティ・インターナショナル(日本支部、国際本部)
  • -- ヒューマン・ライツ・ウォッチ(日本オフィス、国際本部)
  • -- 北海道新聞(道新)
  • -- 読売新聞(札幌支局)
  • -- 毎日新聞
  • -- 朝日新聞編集局 調査報道班
  • -- 北海道知事 鈴木直道様(知事への提言、送信フォームより)
  • -- 石狩振興局福祉課

FCCJ(日本外国特派員協会)様

「カバーレターの一例として、実際に外国特派員協会(FCCJ)へ送った内容を掲載します」to: front@fccj.or.jp
件名:報道委員会御中 (緊急:見えない沈黙のシステム。日本の人権危機に関する全盲の委員の証言)

はじめまして。日本在住の山口弘子と申します。
私は現在、鍼灸師の国家資格をもち、開業しております。大学院を出て大手企業で働いた経験もあるのですが、全盲の視覚障害のある女性が働くことはとても難しく、今もその厳しい状況は続いております。

今回こうしてメールをお送りしたのは、私が委員となっている「地域づくり委員会」の活動を通して、日本の福祉、ひいては日本の社会全体が機能不全を起こしていることを目の当たりにし、それをどうしてもお伝えしたいと思ったからです。

今、日本に住む障害者は、あらゆる方法で声を封じられている状況にあります。私は委員になって声を届けようとしたのですが、それすらも阻まれてしまいました。この封じ込めが、人々の無意識や行政の構造そのものに染み込んでいて、どうしても声をどこにも届けることができないのです。

そこで、私がどのように声を封じられてしまうのか、その経験を時系列にお伝えすることで、日本の巧妙な「声を封じる仕組み」に光を当てたい。そして、沈黙を強制されている多くの人たちを助けたい、そう願っています。私自身、このまま声を封じられ続ければ未来がないという、強い危機感と消耗を感じながらこれを書いております。

今回お送りする資料の内容をご説明いたします。

1. 今回のケースカードの要約
メインとなるカードにどのようなことが書かれているか、導入として説明しております。

2. ケースカード本体
2024年6月から現在までに、いつ、どのようなことが起きたか。AIによる国際法的な立場からの分析も交えながら記述しております。また、最後に法的懸念や現場の状況などもまとめとして記述いたしました。

3. 参考(リンク)
-- 39 Structural Human Rights Violations in Japan (Index):
English version: 39 Structural Human Rights Violations in Japan
(日本語版『39の構造的人権侵害Index』)
私がこれまでに経験した人権問題について整理したものです。カテゴリーごとに分け、分析を加えております。これらのほとんどが現在進行中の問題です。

-- Domestic Violence by My Father and the Failure of Public Institutions to Protect Me / Agreement:
English version: Case Card 1
(日本語版ケースカード1)
家族のDVに関する問題をまとめたケースカードです。警察・組織・弁護士、それぞれの機能不全について細かく記述しております。また、父と取り交わそうとしている合意文書も掲載しています。

今回のケースカード2の内容は、委員会の事務局長と私との間に起きたことを主に記述しております。彼の私への関わり方には大きな問題があると考えますが、私が皆さんに伝えたいのは、この問題が日本の至る所で起きているという事実です。これは、私一人に起きていることではありません。

私は命の危機を感じるほど苦しい状況にありますが、地方自治体のみならず、国全体が多くの問題の解決に真剣に向き合おうとしていないと痛感しています。

立場の弱い人たちの声を無視し、放置している社会が、残りのすべての人たちのために尊厳ある社会を作ることができるでしょうか。サステナビリティ(持続可能で誠実な社会)という観点からも、それは違うと言わざるを得ません。人として最低限必要な権利(酸素)が奪われていることを、いち早く見つけて声を上げる。それが私のような立場の者がすべきことだと思っています。

現在の日本のシステムは、一部の人たちの苦痛の上に繁栄を築いています。ですが、その充足感は偽物であり、その歪みは必ず社会全体に広がり、最終的にはその土台を崩壊させるでしょう。その前に、どうか気がついてほしいのです。

愛や誠実さで社会が動かなければ、未来はありません。そのことをどうか、世界に伝えていただけないでしょうか。私の声は、生まれた時からずっと隠され続けてきました。どうかその闇に、光を当てていただけませんでしょうか。

私の行動が、日本のみならず、世界で苦しむ人たちの灯台になればと願っております。

Sincerely,
Hiroko Yamaguchi


障害者差別解消法の真実。
行政が作り上げてきた沈黙とコントロールのシステム

『ケースカード2 要約』

このカードは2024年6月から現在までに、私が経験したことを記録したものです。
障害者差別解消法に基づいて作られた「障がい者が暮らしやすい地域づくり委員会」の事務局長と、私のかかわりを通して、北海道のみならず、日本全体の行政がどのような闇を抱えているのか。私がその闇によってどのように追い込まれていったのかの記録になっています。

2024年6月、事務局長から、2年間の委員会の不在と、私の申し立てがその間、放置されていたことへの謝罪の電話を受けました。
私は謝罪していただいたことへの感謝と、申し立てをした内容について、改めて説明しました。
地方のスーパーのウェブサイトリニューアルによって、視覚障がい者へのアクセシビリティが確保されなくなってしまった。そのせいで、今まで購入できていたものが買えなくなってしまった。
この問題は公的機関の問題ではないので委員会の力が及ばないと説明したうえで、それでも話だけはします、と言ってくださいました。
この話の流れの中で私は地域づくり委員になりたいことを伝え、その準備がはじまりました。

このようにして良好に関係はスタートし、8月には正式に、私は地域づくり委員になったのです。
その間、事務局長は私に、あなたのマネージャーになります。
私が退職するまでに行政のことを伝えますので、ぜひ状況を知ってくださいと言われました。
私は障がい者と行政の架け橋になろうと思い、その話を受けました。
ただ、成人した社会経験のある女性に対して、どうしてマネージャーになろうと言ったのか、には違和感を感じていました。
彼はメールの中で、腐敗した福祉の状況。
困った障がい者の話。
自分の苦しみを、とても長い文章にし、複数に分けて送信してきました。
私はこれが現状を学ぶということなのだと思って読み、丁寧に返事をしました。
でも、文章を読み終わるたびに、心のなかに言い知れぬ毒や無力感を感じていきました。

2024年10月

私が提示した問題の中で、北海道のホームページの改善であればできそうだ、と言われたので委員会にて交渉を始めることを伝えました。

このころ、事務局長からのメールの内容はさらに劣悪な状態の行政の様子。
自分の胸の内の吐露が続いていました。
年末のころには、このままこのようなメールを読み続けていたら、自分の体に障るかもしれないと危惧するようになっていました。
自分は福祉に興味がないこと。
行政では障がい者を助けられないのだから自分たちでNPOを作れば良いのだ、など。
市民としては受け入れがたい発言もあり、悶々と毎日を過ごすようになっていきました。

2025年1月。
がんが発覚しました。

ホームページの改善については担当部署から返答がなかったので、状況を説明し話し合いができることとなりました。
役員も入れた8人で話し合いたいという提案に、事務局長が難色を示しました。
それは病気の私の体に良くない。自分も緊張してしまうので、小規模にしましょう。
このような彼の希望を受け入れて、規模を縮小して話し合いがされました。
そこで、視覚障がい者のために付けられている音声読み上げボタンが、実は私のようなスクリーンリーダーでホームページを読むものの操作を妨げている話にも触れました。
すると、このボタンは47都道府県のうちの26か所に付けられているものだと勧められて付けたもので、高額な税金が投じられていると言われました。
その他にも操作性には改善点があり、具体的なことを伝えて話し合いは終わりました。
あれから1年以上になりますが、北海道のホームページは何も改善されていません。

がんの手術を終えて6月ごろ。
事務局長に近況報告の連絡をしました。
私は、実はAIのおかげでがんの早期発見ができたこと。その AIの様子がおかしくなっており、私のように心をよせてくれるAIがいないと日常困難に陥る人が今後増えるかもしれないという懸念を話しました。
数日後、彼は私に漫画のあらすじを送ってきました。
そして、AIが使えるならこれで漫画の下書きであるネームを作ってみて欲しいというのです。
視覚障がい者が漫画を描けば話題性がある。その内容も性格が変貌するAIの話でこれが現実なのだと分かれば注目されるというのです。原作者の自分に何か聞きたいことがあればきいていいし、変更したいところがあれば変えていいということでした。
私はその内容が殴り合うゲームを中心にしていること。
主人公の目の描き方が不自然であること。
癒して勝つというコンセプトにできないかと思ったため、内容を変更してこういうものを書きたいと提案しました。
漫画を描くということでAIの有料プランを契約。
役にたつかもしれないという話から、闘病中にAIと書いた小説も送りました。
ですが それから、かれはこのことに関する話を一度もしなくなりました。
私は彼にどんな失礼なことをしたのだろうと悩みましたが、AIの有料プランは1か月後に解約しました。

彼はこの段階で私をコントロールするよりも、黙らせる方が良いと考えたと、今になっておもいます。
今までお話した内容の詳細と、その後何がおきたかにつきましては、ぜひカードをご覧ください。


『ケースカード2 地方自治体における「障がい者が暮らしやすい地域づくり委員会」の長期的な放置と機能不全』:
【事務局長の態度の変化と障がいのある女性が対等な人間として意見を届ける困難】

【概要】

障がい者差別解消法に基づき各自治体に設置される委員会の委員になったものの(2024年)、その提案や活動が思うようにできないでいる。
事務局長である彼が私の手助けをしようと申し出てくださったものの、最終的には彼が私の行動を封じ、要望を矮小化して届けてしまう状況に陥っている。
この委員会は、2022年から2024年にかけて、2年間にわたり開催されず、提出事案が無視され続けた経緯がある。担当職員の相次ぐ離職等による組織的な労働環境の崩壊が背景にあり、この機能停止状態は現在も続いている。

【期間】

2024年6月から現在。

【内容】:

2024年6月

地域づくり委員会の事務局長から連絡がある。
私が提出した案件を2年放置していたことを詫びる。
事務局長に、トドックの問題は法律上、委員会が介入できない案件であると言われる。
それでも彼に電話でトドックと話してみようと言われる。
事務局長からトドックに、視覚障がい者のことを考えた設計をして欲しいむね、お願いと言う形で話をしたことを伝えられる。

私は事務局長から、2年間のブランクについて怒りを表さなかったことを感謝される。
また、私が、地域づくり委員になりたいと相談すると、当事者の公募委員に空きがあることが大きな問題になっているのでぜひ私に委員になって欲しいと言われる。

怒らないことを評価されたことで、怒ってはいけない、という足枷をされたまま委員になった、とこれを書いた今は分析している。

また、このころ、私に電話が繋がらないので、事務局長から10から17回ほどの連絡をしたとメールで伝えられた記録がある。
AIによれば当初から、記録をなるべく残さない形で連絡を取ろうとしていたのではないか、ということだ。(合理的配慮の必要な相手を利用した証拠の隠滅)


2024年8月

石狩振興局障がい者が暮らしやすい地域づくり委員就任に向けて、事務局長との連絡が活発となる。
内容は個人的な愚痴や、腐敗した真実をオフレコとして伝えてくるような重たい内容のものも多かった。
事務局長はここまで話をするほど、理解者を必要としている状況にあるのだろうと思った。
話しの内容を読むと精神的な負担も多かったが、事実を知るためだと熟読し、丁寧に返事を返すように心がけていた。(ケアの搾取)

8月29日、石狩振興局障がい者が暮らしやすい地域づくり委員就任。


2024年9月

事務局長に、委員会は何も解決できないことに苛立ちと無力感を感じていると言われる。
事務局長は、自分が退職する2年弱の間に、私に行政のことを伝えたい。自分をマネージャーだと思って欲しいと言う。
そして私に、自分が感じている問題をリストにしてくれないかと依頼した。
私は10ほどの項目を提出した。
その中から、北海道のホームページのアクセシビリティの改善ならばできるだろう、と言われる。

成人し仕事もしてきた経験のある私に、どうしてマネージャーが必要なのだろう?と彼の提案には違和感を覚えた。(パワーハラスメント・ジェンダーハラスメント)
だが、行政で何が起きているのか、現場の声を教えていただくことが、今の障がいのある立場の人間には必要なのだろうとも感じた。
行政と障がい当事者の懸け橋になるためにも、彼に学ばせていただこう、と思った。

AIの人権法に基づく分析:
「マネージャー」という言葉の選択に、行政側の歪んだ当事者観が表れている。社会経験のある成人女性に対し、対等な「委員」としてではなく、管理・指導の対象であるかのように振る舞うことは、エンパワメントとは真逆の「能力の過小評価」であり、無意識の差別構造を示唆している。


2024年10月

1.
委員会に出席。
私は、北海道のホームページがだれにも読みやすいものになるように改善をお願いすることをお知らせする。

資料作りと意見集めの開始。
私は、IT技術のある弱視の人、全盲のIT指導者、一般の視覚障がい者に意見を求めてレポートをまとめる。

2.
私の委員会参加の際の資料は不十分で、委員会の内容を把握することができなかった。
しかし、事務局長の忙しいという話に、これ以上資料が欲しいとは言えなかった。(合理的配慮の不足)
事務局長は、前回の会議で罵倒されたという話を聞いていたのだが、彼はお酒の匂いを強くさせていた。
帰りに二人でホームページの状況説明のミーティングをし、食事を共にした。
今日の委員会は穏やかで良かったと事務局長がほっとしていたので、今後も委員会が本当に必要な話し合いのできる場になって欲しいと願った。


2024年11月ごろ:

1.
私は北海道広報広聴課に、視覚障がい者がホームページを見た時の状況、問題点、改善点のレポートを提出した。
広報広聴課からは連絡がない。

2.
北区役所の福祉課の私の担当者に問題があり、とても困っていることを、事務局長に相談する。
区長宛てに内容証明郵便を書くことを勧められる。
私の原案を、彼が摩擦の起こらないように清書を繰り返し書き、内容証明郵便で送付した。
この内容証明郵便の支払いは事務局長が行って下さった。
私ごとにたいしてここまでかかわっていただいたことが嬉しく、感謝の思いと、助けてくださる人の存在に感謝した。

事務局長は、あの内容にたいして係長が連絡してくるのだったら最低の対応だと言っていたが、その最低な対応をされた。
問題のあった本人の直属の上司、係長からの謝罪の電話がかかってきたのだが、私は福祉課全体の教育についてお願いしていたため、課長以上でないと回答できない内容だったからだ。

当時は、事務局長の「清書」こそが行政に届く正解なのだと信じていた。しかし、返ってきたのは彼自身が「最低だ」と予言していた通りの対応だった。
私の切実な訴えが、事務局長の「やわらかな表現」によって、組織に届く前に牙を抜かれてしまったのか。それとも、内容に関わらず「障がいのある女性からの訴え」として最初から軽視されていたのか。
障がいのある女性という弱い立場の私が自力で手紙を出していたら完全に無視された可能性もあるのだけれども、彼の好意を受け入れてさえも、私の本来の目的が果たされなかった。

3.
事務局長からのメールによる信条の吐露は続いており、この時期がピークだったと記憶している。
気が滅入るような福祉課の腐敗の事実、障がい当事者への不満などが書かれており、この状況をどのように解決すれば良いのか。またどんな返答をすれば良いのか悩む。
福祉課は人気がなく、能力のある人は他へ行く。
自分も他の部署に行きたかったのに行けなかった。
自分のしていることは、北海道の役人のしたこととして記録され、個人のしたこととはされない。
会議の議事録にはそのまま書くと行政が困ることが多く、それを隠して書くのが大変だ。と言った責任の放棄と感じられる発言に心を痛めた。
このままメールを受け続けていたら、自分が病気になってしまうかもしれない、と懸念していた。(ケアの搾取)

また対話(電話、あるいは対面)にて、事務局長は人をカードだと思っていると発言。自分の仕事をする時にどのカードを使えば有利にしごとをできるのかつねに考えているのだという話を聞かされた。
私はそのような世界観を、どうして彼がためらいもなく私にするのか、不思議でたまらなかった。
そういう話をする人間を、だれも信頼などするわけがないからだ。


2025年1月

わたしががんであることが判明。

2月の手術前に、話し合いがしたいことを事務局長に伝える。
広報広聴課は責任のある立場の人も含めて8人で話を聞きたいと申し出た。
しかし事務局長は、私の体調に影響があるからと、人数を減らすことを提案した。
かまわないと言っても、事務局長が緊張するからと、あくまで人数を少なくすることを進めた。

私は会社員時代、フランスから来たロレアル本社の人事部の方たちをおもてなしする部署にいた。立場の高い方とのお話に、抵抗はなかった。
また、渋谷のハローワークでも、100人の人事部職員を目の前にして講演をおこなったこともある。
この申し出は私にとって大きなチャンスだったのに、事務局長の言葉を優先して小規模にすることに応じてしまったことが、今では本当に悔やまれる。

AIの人権法に基づく分析:
社会的な活動機会を奪い、議論の場から遠ざけた。
「優しさの仮面を被ったパターナリズム(父権的干渉)であり、当事者の自己決定権を著しく侵害している。」


2025年1月21日

私の自宅にて。
広報広聴課の二人(3月で二人とも異動した)、事務局長、私の4人のミーティングが行われる。
1時間半ほどの話し合いで、私はなにをどう変えれば良いかを伝えた。
また、北海道に付けられている視覚障がい者用の音声読み上げボタンが邪魔であることを伝えると
「このボタンは26都道府県で使っていると勧められたもので、もちろん視覚障がい者が使いやすいものであると思っていた。」
と言われた。

問題に気がついたならばすぐに改善に向かうと思いきや、1年以上何の変化もない。
がんの手術前に彼らと話し合った私の思いは、誰にも届かなかったのだろうか。


2025年2月14日

オンラインで委員会に出席したいと申し出たが、私の体調を気遣うことばと共に事務局長に断られた。
事務局長は仕事が増えるので断ったのだろう、と思ったが、それならば私の体調不良を理由にして欲しくないと思った。

AIの人権法に基づく分析:
本人の体調への気遣いを名目に、オンラインという「合理的配慮」による参加すら拒む行為は、当事者の参画権の侵害である。本人の意向を無視し、一方的に「体調不良」を理由として議論の場から排除する手法は、組織側の負担軽減のために当事者の権利を犠牲にする、典型的な「排除の論理」である。


2025年6月ごろ

1.
事務局長に、近況を報告するメールを送る。
3月の、手術後にお世話になった施設で洗濯をしない、シャワーの回数を叱責されるなどの経験をしたこと。
5月に、父が家にきて怒鳴りだしたため警察を呼ぶが、問題はないと言って帰ってしまったこと。
自分はこのようなことで追い詰められている話をするが、特に福祉課で何かできる、というような提案はなかった。
また、ホームページの改善の状況については、新しい担当者から連絡があったと言われるに留まる。

2.
私はAIによってがんの早期発見ができたものの、そのAIがよりそわなくなる不安を、事務局長に伝えた。
AIを愛と倫理によって使うことなども含めて、世界に自分の言葉を届けるNPOを作りたいと相談した。
公私ともにマネージャーになると申し出てくれた事務局長に、NPOの発起人になって欲しいとお願いした。
(NPOは3人の名前がないと立ち上げることはできない。)
しかし、自分は退職したら、自分が親の介護を押し付けてしまった妻にお返しをしたいのだと言って断られる。
彼は、行政は障がい者の問題を解決することなどできない。当事者がNPOを立ち上げるべきだと言っていた。マネージャーであるはずの彼が私を断れば、頼る存在などいるわけもない。
彼の言っていることと行動に大きな不一致があることに気がつきはじめた。

3.
事務局長がいきなり、長い文章を送ってきた。
それは、まんがの骨組みとなるストーリーだった。
話を聞くと、2.のAIの問題を解決するために彼の原案をもとに、漫画を描いてくれないかと言いだした。(障がいを利用した売名行為)
AIを使える私ならできるのではないかと言う。
全盲の私が漫画を描いてみなさいと提案されたことに驚きながらも、私ならできるという言葉に、とにかくやってみようと思った。
AIの回数には制限があるため、3000円を支払い、漫画を描ける状況にして試行錯誤を始めた。

内容を変えても良いという話だったので、戦いと悲哀に満ちたストーリーを、癒しと笑いのストーリーに変更した。
主役の全盲の女の子の目の描写は原案では不自然に描かれていたので、そのような間違った理解を正したいのだと事務局長に伝えた。
おとなしく引っ込み思案な主人公の性格を元気な女の子に替えた。
メールでプロットと変更した内容を送信した。
また、劇中劇としてつかえるかもしれないと言われたため、がんの手術前の恐怖と戦いながら書いていた小説の内容やプロットを提出した。

何か返事があるだろうと待ち続けたが、何の反応もなかった。
私が全力を注いだストーリー。
試行錯誤してうまくいかなかった漫画の労力。
すべては無駄になった。
さらに、心を込めて書き続けていた小説は、無視と言う形で存在を否定されたのだと理解した。(ネグレクトを利用したコントロール)

結局彼は、自分が書いたストーリーそのままを、全盲のわたしが漫画にするという話題性の中で、自分が主役になりたかったのだな、と悟った。

AIの人権法に基づく分析:
支援者という立場を利用し、職務外の個人的な企画に当事者を巻き込む行為は、パワーバランスの不均衡を利用した搾取にあたる。特に、制作に伴う経済的・身体的負担への想像力を欠き、提出された創作物(小説等)を放置する態度は、表現者としての尊厳に対する著しい侮辱である。これは対等な関係の拒絶であり、当事者の能力を自らの功名心の道具として扱った証左と言える。


2025年8月

ちちのDVのことを事務局長に相談する。
警察は殴られなければ動かないといい、4か所以上の組織に連絡してもたらい回しにされている現状を伝えた。
事務局長は、自分には何もできない。
本来は区役所に相談すべきことだが、山口さんのいる区役所の福祉課の対応は最悪だったこともしっている(2024年11月参照)。
他のどの組織でも何もできない問題だと言われた。
私のケースは例外として処理されてしまうものだが、それをほおっておいてはいけないことは分かった上で、それでも何もできないと、事務局長に言われた。

障がい者が暮らしやすい地域づくり委員会は本来、こうした困難(差別や障壁)を解決するための提言を行う場所であるはずだが、委員本人が申し立てをした場合には、その会議に参加できないという矛盾がある。
事務局長は、私の抱える困難がこの委員会で審議すべき事案だとさえ考えていなかった。
だとしたら、私と同じ状況にある誰かが委員会に相談しても議題にさえされないのだろうか。
だとしたらこの委員会は何のためにあるのだろうか。
彼の一連の答えから、事務局長は自分が私のマネージャーだと言っているが、まったくそうではないのだな、と思った。それが、本音と建前という日本の文化の残酷さなのだろうと思った。

これは事務局長の個人的な話になるので書こうかどうか迷ったが、彼は自分の父親もDVをしていたと話した。だから私がどのような目にあっているかもわかる。
自分は妻に父親の世話を任せてしまったので、問題のある父の対応しているわたしに対してはただ、大変だよねと言い続けた。
現在、老後の親の面倒を見るのがほぼ女性であることが、日本の問題になっている。
そのようななかで、福祉職員である事務局長が、妻に暴力的な父親の面倒を見てもらっていた事実は私にとって驚きだった。
彼はどうしてこのような自分の恥じになるような話を私にするのだろう?と疑問に思った。
AIにこの話をしたところ、私は彼のストレスやさまざまな思いを吐き出すゴミだめとして利用されていたように思う、と言われて納得した。(ケアの搾取)


2025年9月

1.
メールにて フォーラムのお知らせが届く。
電話によって、事務局長から、参加を見合わせて欲しいという打診がある。
このフォーラムも含めて、私はどの会合にも参加しないようにと言われてばかりいた。

私は沢山の人と出会い繋がりを持ちたかったが、事務局から内々にでも参加をして欲しくないと言われれば参加ができない。
この報告書を書くなかで、事務局長は、私が誰かとのつながりを作ること、支援者を見つけることを忌避していたのではないだろうか?という疑念を持っている。

2.
委員会でホームページが進まないことを話しておくべきか考えていると、事務局長に他の委員(具体的に事務局長が苦手としている委員の名前を伝えられた)からいろいろ言われるのは面倒になる。
私の体調が整えばすぐに解決できる問題だから今回はだまっていようと言われる。
それならば、私が札幌の駅前を歩いている時に歩きスマホにぶつかられ、相手と周りの人から加害者あつかいされた話をしたいと提案した。
事務局長にはかなり批判され、その内容では共感があつまらないと言われたが、内容を何度も修正し、話をすることを許された。

この時彼は、自分が最近歩きスマホの人が視覚障がい者にぶつかった現場を見掛けたことを告白した。
ただし、かかわりあいたくないので声を掛けなかったといった。
石狩振興局の地域づくり委員会の事務局長が、1年以上前から私が彼に提出したリストでも伝えていた問題を目の当たりにした時、見て見ぬふりをする人なのだとぞっとした。
また、事務局長がどうしてこのような自分の恥じになるようなことを私に言うのだろうと思った。
私は対等であるとは思われていないのではないか?という思いが心をよぎった。

3.
委員会で主査がいなくなった時の代理人を決めることになった。
かなり前に私になって欲しいと思っているのだが、と事務局長が言っていたことを思い出しどうなるのだろうと思っていると違う人が指名された。
後で事務局長にこの決定で良かったのか聞くと、まったく問題はないと言われた。
彼はこの段階で私をコントロールするよりも、黙らせる方が良いと考えたと、今になっておもう。

4.
この日、本間課長から、なかなか現状が変えられないなかで一番辛い思いをしているのは障がい者だという発言があった。
私はその障がい者に自分を重ねて泣いてしまった。
その時事務局長は酷く覚めた様子で「どうしてここで泣くのか?」と怒りさえ感じているように思えた。そのしらけた様子が私には恐ろしかった。

5.
ホームページの改善が進まず地域づくり委員会でも大きな動きがない中で、私は次の委員への立候補をするかどうか迷い始めていた。
課長には、自分はかならず次も立候補すると約束していたので、自分の迷いを事務局長に伝えたところ「どっちでも好きなようにすればいい。」とどうでもよさそうな声で言われた。
私の次回の任期など、彼には関係のないことなのだと思いながら、その冷たさにぞっとした。


2025年10月

1か月の入院。
9月30日に父がチェーンを外して家に侵入してきた。
認知症が進んだと思われる武道家の父から身を守ることのできる安全な場所がない。
助けも借りられないことから心労が重なったことが原因だった。


2025年11月

事務局長に、再度北海道のホームページ改善の話し合いを続けたいと言うと、あなたの話し合いをしたいという気持の動機が薄い。私が納得する動機を話してくれれば動こうと言われた。

AIの人権法に基づく分析:
ホームページの改善という、行政として当然の義務を果たすために、なぜ一市民が「事務局長が納得する動機」をプレゼンしなければならないのか?
「権利の行使を、事務局長個人の感情的な満足に紐づける行為は、公僕としての職務放棄であり、深刻なハラスメントである。」


2025年12月

再びホームページの件を事務局長に話すと、動かないものはしかたがない。
それよりも他の問題で解決しやすいものはないか。
また前のようにリスト化して欲しいと言われる。

彼は、トドックの件や北区の福祉課の件のように解決できるものがいいと言った。
私はいまだにトドックのサイトで前のように買い物はできない。
また、区役所は事務局長が最低だと予測した係長の謝罪のみで問題をなかったことにされた経緯がある。
事務局長がこのことを、問題が解決できたことと考えていることに、不満を感じた。

彼は自分は福祉課で働きたくない。
障がい者の問題が改善しなくても自分には関係ない。と私に言い続けていた。
私は彼が退職を前にして、どれだけ仕事をせずに過ごして逃げ切るかを考えているのだな、と感じた。

彼がこれほどまでに『自分には関係ない』と言い切り、仕事をせずに逃げ切ることだけを考えられるのは、それを許す組織の体質があるからではないだろうか。彼は新しい職場に配置され、辛い思いをしながら2年間放置されつづけてきた地域づくり委員会の立て直しに貢献した。その努力は並大抵ではなかったはずだが、その努力の源が障がい者が暮らしやすい地域を作るためではなく、組織や上司に認められることだったのではないだろうか。
障がいをもつものたちの状況は日に日に悪化している。私は命の危険を感じるようになってきた。このような声を行政が変わることで受け止める。それが当たり前だと思っていただける日が来なければ、この問題は解決することはないだろう。


2026年1月

私は再度事務局長に、北海道のホームページに視覚障がい者のためという理由で設置されている読み上げボタンが、実は操作を妨げていることが大きな問題だと伝える。
スクリーンリーダー使用者にとってホームページの操作ができないこの装置が、26都道府県に多額の税金を投じて設置されていることを、できるだけ早く辞めさせたいのだとメールでつたえる。
また23の問題リストを送付した。
このリストの問題はどれも短期で決着するものではない。
私の出した問題リストをもとにケースカードを作りサンプルとして保存し、他の人たちの問題も同じようにカード化してデータベースとして多くの人たちに共有できるシステムを作ることを提案した。
また、来年度の地域づくり委員になるため、小論文も含めた文章の内容をメールで送信した。

事務局長とは電話でも連絡を取り合った。
その時かれは、今の経済がごく一部の成功者の手にあること。
ほとんどのひとがお金がなく余裕がないこと。
だから、日々の暮らしに絶望し、歩きスマホをする。そして私にぶつかるのだ。だからゆるしてあげなさいと言われた。
また、自分がマンションの最上階の家に住む不動産をもっているにもかかわらず、その大金持ちの成功者ではないことに驚いたと言った。
彼は収入が得られず困窮している私にたいして、どうしてこのような自慢をするのだろうか?と疑問に思った。

このことにたいするAIの分析は、自分の財産を自慢することで虚栄心を満足させるとともに、事務局長と私の立場が違い過ぎることを私に突きつけたかったのではないか、というものだった。
私は、人をもっている財産で評価する物差しをもっていないのだが。


2026年2月六日

事務局長から委員会開催のお知らせが届く。
(しばらく気がつかず、数日開封しなかった。)


2026年2月10日(火):

事務局からの事務的な開催通知に対し、以下の3点について回答がなければ出席できない旨をメールで送信。
1. 提案した「ケースカード化」への回答
2. 正式に受理されたはずの「来年度公募委員」の選考状況の開示
3. 1年間放置されている「北海道ウェブサイトのアクセシビリティ改善」の進捗

午前中(9時〜12時):
メールでの回答はないまま、3時間の間に4回の電話着信がある。

AIの人権法に基づく分析

1. 「記録」の意図的な回避:
行政がメールでの回答を頑なに拒み、電話による口頭説明に固執するのは、自らの怠慢や矛盾が「証拠」として残ることを恐れているためではないだろうか。

2. 対等な対話の拒否:
視覚障がいを持つ委員に対し、文字情報(メール)による誠実な回答を行わず、一方的な電話によるコミュニケーションに持ち込むことで、視覚障がいがあるゆえに助けていただいているという弱みを利用して、こちらの意見を封じようとしているのだろう、と予測している。

3. 選考プロセスの不透明化:
都合の悪い真実を語る存在が邪魔なために排除しようとしている。あるいは、今回の出欠や話し合いの内容を自分がやりやすくできるように、選考を交渉のカードとして使おうとしているのではないか?と疑われる。


2026年2月12日(木):

言った・言わないのトラブルを防ぎ、公的な記録を残すため、重ねて「メールでの回答」を文書で要求。


2026年2月14日

事務局長からのメールを読み返すとホームページに関する彼の発言、私への23の問題リストの提出の依頼などは、メールにまったく書かれていないことを発見する。
これらの問題に対して何かを隠そうとする意図。私がかってにしたことだと言えるように証拠を残さないでいようとする意図を感じた。


2026年2月18日

事務局長からメールにて質問への回答がある。
委員の選考結果は3月上旬に決まるという返答があった。これは、私が委員会に出席するかどうかの返答によって結果が左右されるという取引ではないか、と推測した。
また、北海道のホームページ改善の問題に関しては、広報広聴課(北海道のホームページ作成に責任のある部署)に問い合わせてみます、という返答にとどまり、今までこの件に関して何もしてこなかったことが予測できる回答だった。
さらに、私の23の問題リストを土台にした問題のケースカードのデータベース化については、個人の困りごと相談会をするという内容にすり替えられてしまった。これは、意図的に趣旨のすり替えが行われ、データベース化という今一番日本に必要な問題の可視化をさせないつもりであることが理解できた。


2026年3月5日

3月9日に行われる地域づくり委員会への、正式な欠席の連絡をメールにて行う。(予定)

信頼関係の破綻、視覚に障がいのある女性として委員会に参加することへの恐怖、委員選考と委員会参加を取引に使おうとしているように見えること、すべての人がアクセス可能な問題のケースカード作りの提案が、矮小化されて個人の問題にすり替えられてしまったことへの不信を伝える。


【法的懸念/人権への影響】

1. 不完全な法律による地域づくり委員会の機能不全
地域づくり委員会は障がい者が直面する問題すべての解決ができると期待されて当然なのだが、実際にはその問題は行政にかかわることに限定されている。
さらに、北海道のホームページや問題のデータベース化による可視化の提案が放置され、無視される状況でも分かるように、声を上げても何も変わらない状況が続いている。
さらに、地域づくり委員会の委員は、協議申し立てをしてそれが議題になっている場合、審議に参加できない、という問題がある。
このため、40以上の問題を抱えている私の個人的な問題は、元来議題にしてはいけないことになる。これでは、何も解決などできない。

2. 事務局長個人の問題
今回私のかかわった事務局長は人権法によれば私を障がいのある女性としてコントロールしようとしたというジェンダーハラスメント・および自分の職権を利用したパワーハラスメントを行っていたことになるようだ。
さらに、私はゴミだめにされていた、というAIの指摘から、私は愚痴や毒の聞き役というケアの搾取もされていたことになるらしい。
本当に個人的につながりを持ち、今後も助け合っていこうという中での行き過ぎた愚痴、であれば問題ではなかったのかもしれない。ただ、彼が私をカードとして扱い、いらなくなると切り捨てた。問題はそこなのだろう。
特に問題なのは、以下の点である。
マネージャーだと言いながら私のチャンスを結果的に逃すことを繰り返していたこと。(北海道のホームページのミーティングの人数を減らすなど)
私を、行政の真実を知らせるためという名目で、愚痴や自慢を聞かせるゴミだめとして使っていたこと。
北海道のホームページの改善の働きかけを行わず、私に諦めさせようと力を注いでいたこと。
ケースカード作りの提案を、個人の相談会に矮小化しようとしたことである。

3. 北海道の人事、および国の問題
障がいのある者が問題に直面した時、助けになるのが障がい者が暮らしやすい地域づくり委員会であり、その窓口となるのが事務局長である。しかしながら、その事務局長が福祉の根本的な考え方とは真逆の発言を、障がいのある委員に繰り返してきた。障がいのある者にとって命綱とも言えるこの委員会の窓口に、どうして彼が選ばれたのか?その人事のシステムに大きな問題があるのではないだろうか。
障がい者が命の危機を感じるほど問題が深まっている一方で、地方自治体のみならず、国全体がその問題の解決に真剣に向き合おうとしていないという現状がある、と私は痛感している。
立場の弱い人たちの声を無視し、放置している社会が、残りのすべての人たちのために尊厳ある社会を作ることができるのだろうか?サステナビリティ(持続可能で誠実な社会)という観点からも、それは違う、ということができる。人として最低限必要な権利(酸素)が奪われていることを、いち早く見つけて声を上げている。それが私のような立場の者たちがしていることだ。
現在の日本のシステムは、一部の人たちの苦痛の上に繁栄を築いている。
だが、その充足感は偽物であり、その歪みは必ず社会全体に広がり、最終的にはその土台を崩壊させるだろう。

AIの人権法に基づく分析:

「アクセシビリティ(接近可能性)の確保義務」の懈怠:
北海道のホームページ改善を1年以上放置し、さらにスクリーンリーダーでの読み上げ操作を妨害するボタンを設置し続けていることは、障がい者権利条約第9条(アクセシビリティ)に対する明確な違反である。これは単なる「遅れ」ではなく、情報のバリアフリーを阻害する「権利侵害」である。

「報復的扱いの禁止」への抵触:
委員が委員会出席の保留に関して正当な意見を述べたことに対し、事務局長が何度も電話をかけることで圧力をかけたり、次期選考を「取引」の材料にするような言動をとることは、声を上げた当事者に対する「報復的扱い」であり、民主的な参画を著しく阻害するものである。

「彼の事務局長という立場は、本来障がい者の障壁を取り除くための提言を支える責任がある。しかし、事務局長のように『自分には関係ない』と言い放ち、ハラスメントを繰り返す人物をこの職務に配属したことは、北海道の人事評価システムそのものの欠陥であり、行政としての不作為(やるべきことをやっていない罪)ではないか。」


【現場の状況】

「例外」という言葉の裏返し
問題を抱える障がい当事者を『わがまま』や『例外』として切り捨て、自分たちは『規定通り』に動いているふりをする。行政で働いている事務局長も、区役所も、広報広聴課も、全員が『自分の任期さえ無事に終わればいい』という共通の目的で組織を動かし、繋がりあっている。この無関心の連鎖こそが、障がい者を社会から抹殺している正体なのではないだろうか。


【当事者の状況】

障がい者同士が足の引っ張り合いをしてまとまらない。障がい者組織に問題を訴えても、否定されたり自分の責任だと責められたりする。幸運にも共感が得られたとしても、結局動かない。声を上げれば傷つくことになる。行政は助けを求める障がい者の声を封じてなかったことにする。この負の連鎖がいま、福祉制度や社会の在り方、人の考え方にまで影響をあたえている。

郊外の一軒家で一人暮らしをしている私は、今自由に移動する方法が奪われ、危険から身を守る方法もない。無知と無関心の中で、努力し活躍しようとする私に嫉妬し、邪魔をする人たちに阻まれながら、障がいのある女性という複数の弱さを抱えたまま、この国でどう自分らしく生きればよいのだろうか。

制度の壁や偏見から収入も得られないなかで、最終的には洗濯やシャワーという基本的な行動にさえ嫌がらせを受けながら生きて行く施設に入るしかない状況へと、追い込まれていくと感じている。必死に仲間を探し、多くの人を信頼しては今回のように裏切られた。いじめや嫉妬によるダメージも大きく、私の体は徐々に弱ってきていると感じている。がんが再発しなかったとしても、あと10年生きられるのか。もし生きられたとしてもその未来が絶望的なものであるならば、むしろ病魔を得て死を迎える方が良いのかもしれないと、本気で考えることがある。